熱砂の呪縛

2008年9月16日 (火)

熱砂の呪縛 プロローグ

 プロの音楽家になる。
しかも、そうしたプロの中でも一流の演奏家になる。
悠季がそう決心したあの日から、瞬く間に月日が流れていったような気がする。
けれどその間には、なんと多くの出来事があったことだろう。
日コンの入賞をスタート・ラインに欧州へ留学し、著名なバイオリニスト諸氏に師事し、国際コンクールでも見事に優勝を飾り、ソリストとして世界の檜舞台へとデビューを果たした。
 悠季のデビューは、いわゆる天才バイオリニストとして一躍脚光を浴びるような華々しいものではなかったけれど、そんなことは大した問題ではなかった。
生まれもった繊細な感性とゆっくり着実に培われた豊かな人間性、そして、努力によって研鑚された演奏技術を以て、悠季はバイオリニストとして独自の音楽世界を構築していった。
当然の事ながら、そうした繊細、かつ、情感豊かな悠季の演奏は今では多くの人々の絶賛を受けるようになった。
 世界各地を演奏旅行でまわり、日本を留守にすることも多く、その合間にCDの録音・発売、TV・CMに起用されるなど、音楽活動も多岐にわたり忙しくなってきた。
そう、この頃では僕が海外公演に行っているときは悠季は日本で仕事といったように、二人の活動のすれ違いも多くなるほどに。
そういったことは僕らが音楽家として活動を続ける限り、避けられないことだろう。
一抹の寂しさを感じないでもないが、だからといって指揮者・桐ノ院圭としての僕も、音楽活動の範囲を狭めるわけにはいかない。
ただし、今のところは、どんな一流オーケストラが僕を常任指揮者として招いてくれても、活動の拠点を外国に移すつもりはない。
悠季と離れて暮らすなど、僕には考えられないのだから。
 そして、僕と悠季にとっては富士見二丁目交響楽団も忘れてはならない大切な存在だ。
フジミは僕たちにとって、もっとも思い入れのあるオーケストラであり、そこから全てが始まったのだから。
そのフジミも僕らの成長にともなって徐々にではあるが確実に前へと進んでいる。
ご町内市民楽団から、今では定期演奏会を心待ちにする固定ファンもついたオーケストラへと。
念願の独自の練習場を持ち、楽団員も増え、しかし、フジミの良いところは昔のままに。
 僕と悠季はフジミをホーム・グラウンドに音楽活動をしている。
オーケストラとしてのフジミを育て、定期演奏会を成功させ、自分たちの音楽活動で各国を飛びまわり、それで得た資金をフジミの発展のために投入する。
いつかは、いや、近い将来に、フジミで海外公演をするのが僕たちの目標だ。
その夢に向けて僕たちは忙しくとも充実した日々を過ごしている。
…はずだった。
その、とんでもない事件が起こるまでは。